予想通りに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」

            <p>    例えば<br />    100円の「明治ミルクチョコレート」と<br />    5円の「ごえんがあるよ!」の駄菓子チョコ。<br />     この2つの商品のうち、売り上げ、人気、知名度が高いのは、「明治ミルクチョコレート」の方だろう。<br />     しかし、この2つの商品をもしそれぞれ5円ずつ値下げしてみたら?<br />     つまり「明治ミルクチョコレート」の方は95円で<br />     「ごえんがあるよ!」の方は0円!<br />     スーパーマーケットでそれぞれの商品が分けられて入った陳列棚を用意すれば、どちらがより多くの客の手によって吸い込まれていくかは、言うまでもないだろうが、「ごえんがあるよ!」の方であろう。<br />    何故って、値下げ後価格0円だからーー</p>

 

 

    人間はどこまでも滑稽で不合理だ。
    上記の例は、「0円なら持っていっていい」と考えられるから、そのような結果になるだろうな、という推測である。明治の方だってちゃんと値下げしてるのに、もし仮に明治の方を5円どころか10円か20円値下げしたとしても、結果は大して変わらないと思われる。
    ゼロの魔力は恐ろしい。この場合、0円すなわち無料であるということについて、筆者は、「たいていの商取引には良い面と悪い面があるが、何かが無料になると、わたしたちは悪い面を捨て去り、無料であることに感動して、提供されているものを実際よりずっと価値のあるものと思ってしまう。それは人間が失うことを本質的に恐れるからではないかと思う。無料のものを選べば、目に見えて何かを失う心配はない。ところが、無料出ないものを選ぶと、まずい選択をしたかもしれないらという危険性がどうしても残る」
    と述べている。
    しかし、ゼロコストは必ずしも買い手にとって正の側面ばかり表さない。著者曰く人間の行動には「市場規範」と「社会規範」に分かれているらしいが、その社会規範で物事を考えた場合、無料の魔力に取りつかれる可能性はずっと低くなる。

    他人から、ちょっとした頼まれごとーー例えば自分の部屋の掃除を数十分手伝ってもらうとか、試験前にノートかレジュメを少し写させてもらうとかーーなら、特に断る理由が他になければ普通にOKしても良いと思えるだろうが、もし安い報酬を“頼む側が”立てて、相手に少ない賃金を支払うということになると、頼まれた側は途端にやる気をなくすこともある。掃除や模写程度なら、タダでやる方が良いと考える人は多い。仮に少ない賃金でやると思ったら、それは労働、すなわち「市場規範」で物事を考えるようになるからだ。だったら、人の役に立てる、相手に顔を立てられるという理由で「社会規範」に近い行動をした方が得だと、頼まれた方は思うからである。

    更に、大きい価格というものの力はそれだけに留まらない。プラセボ効果というものがその代表である。最も身近にあるプラセボ効果を感じられる製品と言えば栄養ドリンクだろうか。著者はとある実験を行った。大学のジムの入り口に待機して、栄養ドリンクを提供した。1つ目の学生のグループは通常のお金を払った。のちに現れたもう1つの学生のグループには、全く同じものを三分の一に値下げして提供した。学生達が運動を終えた後、ふだんのトレーニングの後に感じる通常の疲労度と比べてどうだったか尋ねた。通常の価格で栄養ドリンクを買ったグループは、安売りのドリンクを買ったグループより疲れが少ないという結果を残した。安い金額を支払ったグループは、普通の金額より安いものを飲んだため効果薄、と潜在意識で判断したのだろうか。となると、値段の高いものは例え効果や対象など他の要素を度外視しても、必ずしも悪い結果を生み出すとは限らない、というわけである。

    その他、人間は不合理なことをよく仕出かす。他人のお金は盗まないくせに、仕事中にオフィスで自分の机の隣に置いてある他人の無数の鉛筆の内一本を無断で失敬する。ひどいパターンだと、お店から商品を万引きすることは悪いことだと誰しもわかっているはずなのに、店から出たとき急な雨が降っていたら、出入り口の公用の傘立てから平気で他人の傘を持っていく輩もいる。どちらも立派な窃盗だ。
    本書では、現金から一歩離れたところで不正は行われていると指摘している。現金が絡むと、我々は倫理規定に署名したかのように、自分の行動について考えようという心持ちになる。多数の銀行が、クレジットカード機能付きのサービスを導入しているのは、その人間心理のカラクリを知っているからである。つまり現金が直接自分の手から移動しないから、儲けが出やすいことを十分に承知しているし、実際にアメリカでのクレジットカードによる利益は、1996年の90億ドルから2004年には270億ドルまでに増加した。

    その他、本書で行われた実験や、歴史が証明してきた数字のデータは多数ある。人間が如何に「予想通りに不合理」な態度を取ってきたかということを、本書は証明している。

行動経済学」を学ぶことによって、我々はこれまでの基本的かつ伝統的な経済学とは違った見方ができるようになる。むしろ、伝統的な経済学にすべての人間が完璧に従っていたら、経済学の研究などいらないだろう。つまり逆に、合理性から離れた「不合理性」に間に生じる「クセ」や「ズレ」を研究し、意思決定を行うユーザーを研究すれば、大ヒット商品や画期的なアイデアを生み出せるかもしれない。

 

     本書は、そんな行動経済学の基本を書いた、入門的な書でもある。また、単純に人間が如何に合理的でなく感情で動くか、ということを教えてくれる、エンタメとしても楽しめる一冊だ。