【君の名は。】絶妙な表現の境界線【小説】

            <p>本当は大ヒット中の映画の方を観て来たかったけれど、当ブログの趣旨が趣旨なので、今回も書籍の方で。</p>

 

読みました。「小説 君の名は。

 

 

 

 

以下、一応粗筋紹介。

 

山奥の田舎の街に巫女として暮らす女子高生、三葉(みつは)は、自分が東京に住む男子高校生になる夢を見る。その一方で、もう一人の主人公の男子高校生、瀧(たき)も、田舎の山奥の町で暮らす女子高生になる夢を見る。やがて二人は、夢の中で入れ替わっていることに気がつき、二人は運命の歯車の中で、互いを探し、その名をーー


さて、感想に移ろう。

 

例えば、こういったヒット作品の中に隠れている要素や原因となっているものは、実はその多くが突拍子も無いものでは“なかったり”する。

本作も、結構手垢がついたものを上手く料理された、という印象が強く残り、決してズバ抜けたイノベーションのような発想が散りばめられているわけでもない。

しかし、この小説(作品)は、数々の青春ドラマを読んできた僕が見ても傑作中の傑作だ。

そう思った理由は多岐に渡る。

 

1.誰もが皆抱く妄想の具現化

 

夢であろうが現実であろうが、誰かと身体が入れ替わり、なんてものは、一昔前にドラえもんの道具にも出ていたくらいにスタンダードで、ありふれた設定だ。ましてやその入れ替わった相手が同世代の異性なら尚のこと妄想は何倍にも膨らむ。そんなコメディ要素から始まる冒頭と、中盤以降の怒涛の展開。ページをめくる手が止まらない。新海誠氏の作品を見るのは初めてだが、作者の空想の産物は、なかなかどうして、あらぬ考えをユーザーに抱かせ、ニヤつかせることに成功していると言えよう。

 

2.要所要所で需要をきっちり押さえているストーリー

 

先ほどの男女の入れ替わり、という面でもそうだが、その時に触れる異性の躰、見慣れない土地での生活、学校、憧れの先輩、同級生、そして、それら全てひっくるめた青春劇から彗星落下といったSF要素など、きちんと若者のニーズを無理のない範囲で押さえているところは非常に好印象。ヒロインの方は変に周りに媚びてないし、男子の方も年相応のスケベ心はあるものの、そっち方面では(?)比較的紳士で、良い意味でユーザーにこそばゆさを感じさせてくれる。この辺りの演出はニクい、痺れる。でもニクい。

 

3.一種のボーイミーツガール

 

この作品をボーイミーツガールと呼ぶには多少違和感があるかもしれないが、【どこにでもいる少年が、一人の少女との出会いによって運命が変わっていく物語】というのなら、ほぼ間違いなく本作はそれに当てはまる。ダブル主人公の形を取ってはいるものの、視点はどちらかと言うとわずかに男子高校生寄りだし、その基本もしっかり備わっている。私は男なので、女性ユーザーが、前半の展開・設定に対してどのような感想を抱くかはちょっと想像しかねる点もあるが、少なくとも男子にとっては「一人の少女との深い関わり」というファクターについて、ワクワク(ニヤニヤ)してしまうストーリーがあって、程よく妄想が掻き立てられるところもまたポイント。

 

4.絶妙な表現の境界線の綱渡り

 

世の中には、誰が見ても健全な作品がある一方で、グレーかほぼブラックに近いキケンな表現を擁した作品が多数存在する。後者のそういった作品はCEROに指定されていたり、全年齢対象作品でも、ちょっとよろしくない描写があるだけで注意書きが記されている場合などがあったり、まあ一応処置は取られているのだが、本作はそういった但し書きは無用だ。その理由は、面白さと、ちょっとしたゲスさを自然にユーザーに味わわせることに成功させているからだ。
先述の通り、主人公はちょっとスケベで、しかも基本ヘタレだが、不快さはほとんどなく、ある意味では今時の男子のちょっとしたお手本のような少年だ。少女の方も、やはり媚び媚びな部分がなくて嫌味を感じさせない。でも少し年相応のわがままさや能天気さもあったり。その辺りの、健全さとほんの少しのモヤモヤ感が非常に絶妙。ただの青春劇なら取るに足らぬB級作品もしくは「宮崎駿何番煎じだよ」で済んでただろうし、逆にゲスさを前面に出し過ぎていたらーー言うまでもない。この隔たりの中、制限がかかっている状態でこのような面白さを表現出来るのは、氏の才能と言えよう。

 


総評。


日本人というのはーー文化に限った話ではないがーー自由過ぎたりルールがガバガバだったりする風潮よりも、ちょっとくらい表現の規制や制作倫理の厳罰化など、多少不自由さと息苦しさといったバイアスがかかっている方が、良い結果を生み出せることが多いのではないだろうか。その中で、本作は、ジブリ作品を除けばアニメーション映画としてはかなりのヒットを飛ばしたらしいが、逆に何故今までこのような面白さと、良い意味での多少のモヤモヤ感を感じさせてくれる作品が(既に他にもあるのだろうけれど)これほどまでに話題にならないないのか不思議なくらいだ。僕はアニメーションの世界にはあまり詳しくはないのだが、もしかしてアニメーションに限定しない範囲でもって、時代が新海誠氏にようやく追いつきはじめたーー本作はその端緒となるのだろうか。そんな気さえしてくる。