【第154回直木賞受賞作】奇妙な人間関係・か弱い男女関係【つまをめとらば】

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つまをめとらば

つまをめとらば

 

 買うまで短編集だと気付かなかった(長編だと思っていた)

 帯を見ると、女の恐ろしさが主なテーマなのかと思ったが、それだけではない綿密な人物描写が巧みに映し出されていた。

※当ブログは、基本的に核心部分に触れるネタバレをしていないため、本記事においても表面的なストーリーの内容及び私めによる感想のみの文章で、お送りさせていただきます。

 

一.ひともうらやむ

 藩の番士である長倉庄平と長倉克己。その日、克己は庄平に、破格の領地を与えられた位の高い藩医の娘である世津(せつ)に恋煩いをし、祭りに誘ったところ、相手も承知してくれたことを告げる。周囲の羨望と期待の中、やがて克己と世津は夫婦となる。しかし、そう時も経たない内に、克己は世津から離縁をしてほしいと言われ……

 

 女の本性というよりは、それに振り回される男の言動が中心となって物語が進み、それが登場人物の悲哀と化す。この物語のラストのページの後に庄平を待つのは、人から羨まれる幸福か、それとも。

 

二.つゆかせぎ

 家侍である主人公の元に、一人の地本問屋がやってくる。その問屋から、二十日ばかり前に亡くなった主人公の妻「朋」が、「竹亭化月」の筆名で「七場所異聞」という戯作を書いていたことを知らされる。主人公は思いを馳せる。妻のこと、俳諧のこと、そして俳諧を生業とすることに及び腰であった頃に妻は既に「七場所異聞」を書いていたことを。ある夜、主人公が寄合に出かけた後、知り合いの俳諧仲間から、女はいかがかとと、引合せられる。その女は「銀」といい梅雨の日に売春で日種を稼ぐ「つゆかせぎ」であった。

 

 主人公の語りにより表される、妻である朋から落胆されているのではないかという心情。そしてつゆかせぎである銀から、気圧される描写。まるで重なり合わない、二人の女に対する主人公の想いや儚い巡りあわせが、男の性の悲しさを映えさせている。

 

三.乳付(ちつけ)

 旗本との縁組が決まった民恵は、複雑な気持ちを抱えたまま養女に入る。やがて奥方となり、世継ぎである男子を産むが、出産と同時に、民恵は熱に浮かされ、五日間も床に臥せる。目覚めてから、遠縁の瀬紀という妻女が、民恵の代わりに息子に乳を与えるということを告げられる。自分は、病からある程度回復し息子を抱いても、乳は出ない。民恵は自分の中で疎外感を感じる。しかし、その乳付を行った瀬紀も初産の頃、乳が出なかったという過去を、民恵は本人の口から聞くことに……

 

 女性の目線で書かれた物語であるが、夫に対する妻の得も言われぬ観念と、自身の立場の対比が書かれている。当時の女が抱く生き方と、それに伴う嫉妬心が静謐に表現されており、主人公のか弱い心の叫びがそのまま文全体に滲み出ているようだった。

 

四.ひと夏

 寛政の世、高禄の高林家当主の弟である啓吾は、齢二十二にしてまだ兄の元で世話になっている部屋住みの者であった。ある日、中老から御召出しを受け、出仕の役目を言い渡される。その役目とは何か。組頭の半原嘉平から聞いたところによると、ある村の支配所御勤めであるという。その村の名は杉坂村、啓吾も聞いたことのない地名で、これまで誰が務めても二年持たなかったという。そのきな臭さに、啓吾は訝しむが……

 

 村民のプライドや在り様、藩の家臣である主人公を受け入れない排他的なシーンなど、当時の田舎の閉塞感やガラパゴス性を書いており、この短編集の作品としては異色。中盤以降から、主人公と役人くずれの岡崎十蔵(岡田以蔵のオマージュ?)との勝負シーンがあったり、村のあばずれ女と寝たりなど、いろいろ含蓄のある描写で溢れ、奥深い。

 

五.逢対(あいたい)

 竹内泰郎は旗本の無役。こうじ屋という名の煮売りを営む店の女主人の名は里(さと)。まだ若いものの少しばかりとうのたった二人だが、互いに、恋と呼ぶにも微妙な間柄になる。というのも、里は死んだ母から、何人もの女を産み、良い妾に育てるよう言われてきた。泰郎に対しても、赤ちゃんが出来るまでの付き合いだと、何もかもが始まる前に暴露する。一方、泰郎の幼馴染である北島義人はかれこれ十二年以上毎日欠かさず、出仕のため屋敷へ通う「逢対」を行っていた。ある日、泰郎は義人の逢泰に同行することに。長坂備後守(ながさかびんごのかみ)の上屋敷の訪れるが、そこで待っている結末と、泰郎が取った行動は……

 

 逢対とは聞き慣れない言葉であるが、いわゆる武家の就活みたいなもの、と解している。泰郎と義人、共に無役だが、各々の道へひた走っている。当のお上の台詞からは不貞さも窺えたが最後の、泰郎が里に投げかけたプロポーズを見て、義人の言葉が思い出される。「逢対はお人柄が如実に出るものなのだ」。

 

六.つまをめとらば

 戯作家の深堀省吾の元に、幼馴染の山脇貞次郎が姿を見せ、家を貸してほしいと言ってきた。貞次郎は、五十六歳にして世帯をもとうとしていた。省吾はこれまで三度の結婚と離縁を繰り返しており、女と相容れぬ生活を繰り返していた。貞次郎に関してもまた、かつての省吾の屋敷に下女の奉公にやってきた佐世という女と、一言では語れぬ関係を築いているという噂を聞いていた。貞次郎の真意とは……

 

 主人公の省吾が、女によってではなく、“女(つま)と関わったことに対する自身の人生”に苦しめられている様がまざまざと書かれている。また、省吾が貞次郎に二つの借りをしている、という描写があるが、これについては後半の展開及び最後の貞次郎の台詞に、主人公及び読者に言いようのない奇妙さを与えるものとなっている。

 

 

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