<p> 近所の本屋で平積みにされていたので、手に取って買った。</p>
最近映画化された、本作品です。
有川浩の作品を読むのは久しぶりだったが、当方無類の猫好きなので、期待に胸を膨らませて読んだ。猫をテーマにしたものなら、と思って。そしたらーー
良い意味で裏切られた。
猫好きの人のための本かと思いきや、実はそうではない。猫と人間達の、それぞれの視点から描く群像劇で、非常に繊細な語り口と描写で進んでいく物語だった。
主役は人語を解する猫のナナと、30代の飼い主ミヤワキサトル。5年前からずっと一緒に暮らしてきたのだが、とある理由で飼えなくなってしまった。「僕の猫をもらってくれませんか?」と、猫と青年は銀色のワゴンで最後の旅に出る。かつての同級生達など、懐かしい人達に会っていくにつれて、だんだんとサトルの秘密が判明してくる。
猫の一人称と何人かの人間側の目線で話が進んでいくのだが、何と言うか、特に猫の独白の方の文体はあざといくらいなべらんめえな性格の口調は軽快で自由気ままな印象だ。でもそれが余計に暖かな雰囲気にさせてくれた。旅のリポートという形態と、それぞれの心情が複雑に交差し合って、とても良い雰囲気を醸し出している。
人間と猫、永遠に言葉が通じ合うことはない。だからこそ一緒に仲良くなれた時は何よりも嬉しいし、互いの気持ちがシンクロした時なんかはひょっとしたら人間同士の付き合いが上手くいった時よりも嬉しい瞬間かもしれない。そんな絶妙な、猫と人間のやりとりが、文章から滲み出ている。
そんな感じの文がずっと続いていくまま、サトルの秘密が解き明かされる時はーー
まあ
言ってしまえばストーリーそのものだけ刈り取ってみればベタではある。
勘のいい人だったら、本書を読む前に、テレビや映画館での予告編で、だいたいのあらすじの見当はつくかと思われる。
それでも本書に湧き出る独特の魅力は、その文体と話のマッチングにある。
家族や仲の良い動物と離れ離れになって悲しくないわけがない。複雑な家庭環境や懐かしい思い出を後にしたまま同じ場所に二度と戻らない最後の旅をし続けて涙が出ないわけがない。ましてや、これがお互い絆の繋がったパートナーなのに……
それでも
「こんな幸せなことって他にあるかい?」
猫の癖に!
やさしい。とにかくやさしかった。
猫と飼い主の最後の旅。ナナがサトルを見ている時の視点や感情は、サトルはじめ愛する人間に対する想いでもある。
普段は普段でぶっきらぼうで気まぐれな態度ばかり取っている。でも、いざという時になったら感情は爆発する。してしまう。猫だけじゃない。人間だって一緒。みんなこうして生きている。離れられない情と情はどこまでもついてくる。
こういう小気味良いリズムと良い意味でありきたりなプロットが、前向きでやさしい文字の羅列だけで読む者が味わえる、小説と読者の同調している。それはまさに、動物と人間が心と心で触れ合えるシンクロニシティそっくり。こんな表現は、有川浩氏だから書けるのだろうな。
同じ人情味あふれる作品である三匹のおっさんも、あちらはギャグテイストではあるものの、根っこの部分は通ずる面がある。
現代社会を生きる人に忘れ去られていかれそうな、子供の頃一番大切にしていた気持ち。大好きな人や街、家族、平静で当たり前の生活、それを守りたいと思う心。
多彩なジャンルを書ける有川浩氏だが、他の作品だって、読めばまるで著者の優しさの一部を切り取った部分に触れる感覚を抱く気持ちに慣れてしまう。もちろんこれも。