<p> 文字を追っているだけなのにはっきりとした情景が目の前に浮かぶ小説というものにたまに出くわすことがある。そして不思議なことに、その内容が不可解だったり混沌としているものに限って、自分自身の心を覗いているかのような錯覚を覚えつつも、スラスラ読み進めてしまえる。<br /> この【燃えるスカートの少女】はまさにそれであり、直接読者の背徳性に語りかけるような、正常と禁忌の狭間に手招きしてくるかの如き小説である。</p>
- 作者: エイミーベンダー,Aimee Bender,管啓次郎
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2007/12
- メディア: 文庫
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他の小説で言えばジェイムスジョイスの【フィネガンズ・ウェイク】。
音楽で言えば森田童子や谷山浩子。
アニメで言えばねこぢる草。
漫画で言えば道満晴明の【ニッケルオデオン】。
私はこれらの作品にも、正常と狂気の境目を曖昧にさせる魅力を持っているのではないか、と思っている。
本書の表題作では、主人公が最後に、新聞で読んだスカートの燃えた事件を起こした少女のことを考える。そして、自分自身の震えや家族関係や普段の生活を照らし合わせる。でもそれって何かがおかしい。自分の心理とスカートが燃えた少女のことの、どこに脈絡があるというの?
他にも、父親が死んだ日に男たちとセックスしまくる図書館員とか、火の手と氷の手を持つ2人の少女の偏り合った性格とか、どこからくるのか、この発想は? 恐怖やブラックユーモアにも見えるが、単なるホラーや毒笑小説ではない。
本書の短編には、それぞれ現実を忘れさせてくれる、不思議な魅力が溢れている。例えば、仕事の辛さや不幸があって、気の狂いそうな時に敢えて【ドグラ・マグラ】を読んだりして、自分の精神を保とうとする。そんな感覚。もしいきなり恋人がわけわかんないものに変身したり、セックスまみれになったり、いろんなことがあるこの現実の中で、そんな夢うつつな内容が目の前にあったら、もしかしたらそっちの方が安定した精神状態でいられるようになるのではないか?
非日常から日常の問題を抉り出すというパラドックスを書いた作品は、古今東西いくらでも存在する。この小説の特徴としては、自分がこれらの短編の主人公のような経験をしたとしても(まずありえないものばかりだけど)「生きていく自分」を俯瞰出来るところにある。何故なら書いてあるテーマ自体は「癒し」「出産」「求愛」「青春」など、この短編集だけで数多く存在するからだ。
まるでスイーツのように誘惑してくる魅力ある短編の群れ。読んだ人はいつしか心を奪われていることに気づくだろう。夢の中では自分の心を思う通りに動かせないのと同じように。