”一人の社会人の目線”から社会批評小説をかくことの難しさ【ちょっと今から仕事やめてくる】

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 スポンサーもいないしアフィリエイト目的でもないから、というのは理由にも言い訳にもならないけれど、今日はちょっと辛口でいこうと思う。

 書籍を紹介しながら社会のことばかり書いている僕ですけど、それだからこそ書けることもあると思ったのです。

 というわけで今回は、数多のライトノベルを輩出していることで有名なレーベルから出版された【ちょっと今から仕事やめてくる】。

 

 タイトルからして、今の仕事に苦痛を感じている人に対する本、という第一印象をもつが、その実、かなり内容としては良くも悪くもあっさりしている。

 日本には数え切れないほどのブラック企業があり、そこで働いている人の数だけ労働基準法に守られず、働いた分だけの恩恵を受けていない。

 この作品の主人公もまた、そういった法の網目を破った企業にぼろ雑巾のように扱われ、冒頭から絶望の淵に追いやられている。それも本人にニート歴とか非行歴とかあからさまな自業自得といえる要素がないにも関わらずだ。

 それが今の日本の現実――とたやすく切ってしまうのは簡単だが、この時点でもう日本という国に住む全ての社会人にとって他人事ではない。いつ会社に殺されるかわからない。この国は実際の自殺者だけでなく、変死者や行方不明者も含めると、欧米諸国から見ても「内戦でもしているのか?」と思える程に現役世代の死亡者数が多いのだ。その数は一説には年間10万人を超えると言われている。

 つまり、海外に対する武力を持つ持たないに関わらず、日本は社会という魔物と静かに戦わされ、結果を出さなければ死を招く。

 さて、話が変な方向に逸れてしまわないうちに、この本を一言で断言しよう。これは「社会批評小説」だ。

 タイトルはもちろんのこと、裏表紙にも、「すべての働く人たちに」と書かれているのだから、著者本人や編集者の意図は関係ない。そのジャンルに属することは間違いないのでそれを前提に話を進めていく。

 

 ラノベでも社会批評でも、ましてや小説でもないが、この本を見た瞬間、「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」を思い浮かべた人がいるかもしれない。僕もその内の一人だ。あちらは(真偽は不明だが)2ちゃんねるのスレ主の実体験を書いたものがもとになっているいわゆるスレッド文学だが、こちらは虚構という体裁をもつ。少なくとも著者の体験を売りにした作品という触れ込みではない。

 そうなると、そこに著者の訴えたい部分が曖昧になってくると、それだけで説得力に欠けてしまい、本全体のメッセージ性が損なわれる。この本は残念ながらその伝えたい部分をありのまま書くという要素がやや不足している。

 小説としての全体像は綺麗にまとまっていて、終盤の意外な事実と主人公がとった道とその結末に心を和ませた読者もいるだろう。しかしこの挑戦的ともとれる作品名(というか、それこそ2ちゃんねるのスレッドタイトルに見える)に惹かれて買った人間の一部にとっては、味気ない部分も見受けられると思われる。やはり冒頭で述べたように、崖っぷちまで社会に苦しめられている人が手に取って読む分には、本書が社会問題を提言するものとして十分な心強さを感じさせるレベルには、もう2,3歩といった所か。それくらい今の現実社会に強く苦しめられている人は多いのだ。

 

 僕も昔は、社会を痛烈に批判したSF作品をよく読んできた。しかし、実際の社会人をモデルにした現代の社会にはびこる悪をテーマにした作品は、私小説以外では印象がそれほど強くないものが多い。完全な虚構であるなら――言論規制を受けているかどうかは抜きにして――無駄なリアリズムはいらない。かえって荒唐無稽な展開にした方がよかったのではないかと思われる。それこそ現代には、真実だと信じたくなくなるほどの無残なリアルが描かれたルポやドキュメントものが溢れているのだから。

 実際の一人の社会人にできることは限られているかもしれない。しかし小説ではそれを遠慮することはない。ダメ人間が異世界に転生してから無双する作品が売れているくらいだし。終盤に主人公が○○し(ネタバレ防止のため伏字)主要登場人物であるヤマモトの正体がわかってから最後自分も○○になる、なんて、そんなこじんまりとした結末より、もっと大きな展開を繰り広げられていてもよかった。本当に悪いものと良いものの区別というものは、もっともっと大げさに叫んでいいのだ。最も主人公がそんな大人しい性格に設定されてしまったからこそ、仕事に苦しんで自殺をはかろうとするなんて部分から始まるんだろうけど。

 

 何度も言うが、小説なのだからもっとはっちゃけた展開でいいと思っている。社会の隅っこで堕ちた人間を書いた私小説という方向に舵を切れば(例を挙げれば西村賢太氏のように)もっと読後感のインパクトも強かっただろうし、力強い説得性も感じるようになっただろう、と思われる。